in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”にファンクリックス株式会社 代表取締役 木月浩平氏登場。
15歳の決断。
外資系に勤務する父は、海外出張も多かったそうだ。木月が生まれたのは、神奈川県の相模原市。小学校に上がる頃に東京都八王子市に転居。サッカーが好きで、これは高校生までつづけている。兄弟は3つ離れた兄が1人。秀才で東京大学に進学し、現在は某テレビ局で番組ディレクターをされているそうだ。
「兄とは性格がまるで違う」と木月は笑う。中学から中高一貫の私学に進学。エレベーター方式で高校に進学することもできたが、15歳の木月はまったく違う道を選択した。「修学旅行で渡った海外へ、もう一度、行く」。そんな思いに駆られたからだ。
「いろいろ考えたんですが、結局、修学旅行で行ったニュージーランドの高校に進学しました。中高一貫校だったので日本での高校進学資格を取得し、1年間はもしもの時のために選べるようにしておきました。帰りたくなった時の保険みたいなものですね(笑)」
保険は1年で解約。まったく帰りたいとは思わなかったそうだ。
「最初は、さっぱり会話も分からなかったんですが、半年で聞き取りができるようになり、1年で生活するのにも不自由しないレベルまで到達しました。そうなると『帰る』という選択肢はなくなります。ニュージーランドでも好きなサッカーに熱中し、全国大会にも出場しました」。ニュージーランドの仲間たちとピッチを駆け回る。少年の適応性の豊かさに改めて驚かされてしまう。
ちなみに、同校にはおなじ日本人が15名程度いたそうだ。ただし推測だが、木月の周りにはニュージーランドをはじめ、異国の生徒が数多いたのではないだろうか。
15歳の少年の決断は、何を彼にもたらしたのだろう。・・・・・。
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