in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社ベビーピュア 代表取締役社長 渡邉敏行氏登場。
皿洗いのバイトから大学進学、そして大手企業への就職
来日翌日から横浜中華街で職を求めた渡邉氏は、中国粥の名店『謝甜記』で洗い場の仕事を得て、1週間後には広東料理の老舗『聘珍楼』に親戚の紹介を通して移っていた。面接時にネクタイをしていったこと、親戚が中国ではエリートだったことをアピールしてくれたことが功を奏して『聘珍楼』ではいきなりのフロアデビュー。しかし「お冷や」や「水割り」といった中国で習っていなかった日本語に直面して失敗の連続だったという。
1年後、21歳になった渡邉氏は、このまま成りゆきの生活に甘んじていてはいけないと考えるようになる。「もう一度大学で勉強しよう!」。アルバイト生活にピリオドを打ち日本語学校に通い始めた。目指すは1年後の大学受験。そして東大、京大、慶応、早稲田を視野に入れ、見事慶応義塾大学の商学部に合格する。「計画性はないんですが集中力はあるみたいですね(笑)」。1年間受験に向けてがむしゃらに勉強し、自力で自分の将来の一歩を築き上げた。
「大きなビジネスがしたい。できれば故郷中国と日本の掛け橋になるような仕事をしたいと思うようになっていました」。就職を控えた渡邉氏は、大手総合商社の面接に臨む。しかし中国で学生運動に参加した経験もある渡邉氏は、その企業に敬遠されてしまう。逆にそうした生き方を面白がってくれたのが国内最大手の製薬会社だった。武田薬品工業に就職を果たした渡邉氏は、いきなり国際本部に抜擢される。もちろん本人は鼻高々だった。・・・。
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