第九回 『カリスマ性の心理学』 ㈱商売科学研究所 所長 伊吹卓
■人気者にはカリスマ性がある
最近の、ある雑誌の広告の中に「ザ・カリスマ」というタイトルが目につきました。
その下を見ると、ソニーの出井伸之さんの名前が出ていました。また、日本経済新聞
(2001.8.7 夕刊)を見ていたら「カリスマ社長の父から経営継ぐ」という見出しで、大塚商会の大塚裕司社長に関する記事が出ていました。しかし、いずれの記事にも「カリスマについての説明」は見られませんでした。
実は三十年ほど前に『カリスマ経営者』(日本経済新聞社)という本が出版されたことがあります。その本を捨ててしまったのでタイトルが少し間違っているかも知れませんが、その本の中でもカリスマに対する説明はありませんでした。ただ「直観力が鋭い」というような感性に関する言葉がしきりに使われていたことを覚えています。
私はそのころから「カリスマ性」という言葉に強くひかれていました。しかし、オウム真理教事件が発生し、麻原という教祖にカリスマ性があるということが知られていらい、歪んだイメージを感じて、この言葉を忘れるようにしていました。それなのに、いつの間にか、流行語として復活してきたのです。オウム真理教事件が、この言葉を日常語にしてしまうという効果をあげたのです。気づいてみると面白いものです。
私たちは長い間、カリスマ的現象を非常識なこととして遠ざけていました。しかし、それは大きな間違いだったのです。なぜなら、説明をしにくい不思議な現象、つまり、カリスマ的現象は、どこででも見られるからです。すでにいくつもの実例を紹介してきましたが、広い意味でのカリスマ的現象をまとめると、つぎのようになります。
◎カリスマ(大衆を心服させる能力)の実例
1 商売上手な人
2 人気のある人
3 トップ・セールスマン
4 カリスマ美容師、カリスマ店員
5 カリスマ経営者
6 名優、名歌手、名選手
7 名監督、名リーダー
ただし、これらのカリスマ性に対して反応する「敏感な大衆」が存在していることを忘れてはなりません。私も、そのことに最近、ようやく気づいたのでした。
マーケティングは本来「大衆がどのようなものに敏感に飛びつくか」ということの研究です。マーケティングに強くなるということは、大衆の感覚の敏感なところを見つけ出すということです。
■古くて新しいものを作るとヒットする
大衆は、どのような感性を持っているのでしょうか。大衆が敏感に反応する感覚の本質をつかめば、売れるに違いありません。そのことを示すものの一つに「流行(ファッション)」があります。ファッションの本質は、好奇心と模倣です。好奇心は本能の一種ですが、人はだれでも新しいものを好むのです。逆にいえば、古いものに対して飽きやすいのです。飽きたなぁと思ったときに人気をつかむファッションが登場すると、あっという間にたくさんの人が飛びつきます。
名前は忘れましたが有名な作曲家が、つぎのような名せりふをいったことがあります。
「古くて新しいものを作るとヒットする」
私は、この言葉を新聞で見たのですが、すごい言葉だなぁと感動したものです。その意味を私なりに説明すると、つぎのようになります。
人間には、思い出をなつかしむ感情があります。古里に帰ると心にジーンとこみ上げてくるものがあります。これが、郷愁心。郷愁心は、集団本能(群れ本能)から生まれます。それは正反対の本能が好奇心。初物喰いという言葉のように、珍しいものに飛びつきたがる傾向があります。このように矛盾した二つの本能を持っていますから、どちらかに片寄っていると売れません。だから「古くて新しいものを作るとヒットする」ということになるのです。
新しすぎるものを作ると不安になります。古すぎるものを作ると、見向きもしません。
大衆は、バランス感覚がよいので、どちらに片寄っても大ヒットにはならないのです。
このように微妙な大衆の感覚に敏感な人は、いくらでもヒット商品を作ります。でも、努力しないで、そういうことができるのではありません。閑を見つけては、あちらこちらと見て廻り、何が売れているかと、じっくりウォッチング(観察)することが大切です。
そのようにしていると、新しい流行の気配を体で感じることができるようになります。
これが前にのべた「商売上手の二大秘訣の一つ、着眼法(ウォッチング法)」です。
もう一つは、閑を見つけてはお客様に「何かご不満なことはありませんか?」と聞いて廻る苦情法です。こういうことをしつづけていると、いろいろな不満をつかめるようになります。
人間は、好奇心が強いので新しいことに敏感です。また、いやなことには数万倍も敏感です。だから苦情法と着眼法をやっているとお客様の心をつかめるようになり不思議なくらい売れます。しかし、それは感覚的なことですから、説明のしにくいことですし、説明しても理解しにくいのです。そこで、売れる人が不思議に見えて「カリスマ・セールス」という不思議な言葉を使うようになるのです。
■バカになると心が美しくなる
カリスマ・セールスのもっとも素朴な姿を一つ紹介しましょう。大阪駅の近くの地下街に小さな売店がいくつもありました。その中の一つの店が段トツによく売れていました。その店の売り子の女性は中年で、決して美人ではありませんでした。しかし、新聞一つ、タバコ一つ買う客にも「ありがとう!」「ありがとう!」と大きな声で挨拶しているのです。そしてその声で魔法にかけられたように、その店に続々客が寄っていくのです。私は、しばらくの間、その情景を見ていました。そのおばさんは、その仕事がいかにも楽しそうでした。だから美人ではないのに、すばらしい魅力の磁場ができていました。そしてその磁石の引力に引きつけられるように客が寄っていくのを私はウットリとして見とれていたものです。この実例を思うと、カリスマ・セールスというのは決して難しいものではないことがわかるでしょう。
人は顔の美しさにも反応しますが「心の美しさ」にはもっと反応するものです。それなのに「心の美しさ」というものは、ともすると忘れられてしまうのです。それは、私たち人間が自己中心で、わがままで、欲張りで、他人にはきびしくて、怒りやすい性格を持っているからです。
私も長い間、そうでした。人の気持ちのことなど少しもわかりませんでした。気くばりなどは、まったくできていませんでした。その結果、だれにも嫌われるようになってしまい、行きづまりました。(これだけ一生懸命やっているのに、どうして仕事がうまくいかないのだろうか?)と悩んでいるうち、ようやく気づいたのは、「私が自己主張が多くて、人の話を少しも聞かない」ということでした。そのことに気づいてやっと目がさめました。私は、自分にいいつけました。(人の話は、間違っていると思っても全部聞け。間違っている話だと思っても、バカになって全部聞け。腹が立ったら、ありがとうと思え!)(人の欠点に気づいたら、その裏にかくれている長所を探せ。長所を見つけて尊敬せよ!)私は、人と話していて腹立たしくなるたびに、これらの言葉を呪文のように心の中で唱えました。そのようなことを三年やっていたら、我ながら別人のようになりました。
私は、ようやく「心の美しさ」というものに気づくようになり、見えるようになりました。「商売上手の二大秘訣(苦情法・着眼法)」を発見したのは、その直後、五十一歳のときでした。今にして思えば、この二大秘訣は「心の美しさ」を育てる秘訣だったのです。
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