in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に有限会社ノン ピウ ファーメ 代表取締役 柿沼寛之氏登場。
本文より~
スキーに明け暮れた日々が一転、1ドル1セントを追いかける日々に
祖父が役人、両親は県庁勤務。行政一家の長男として生まれ、何不自由なく、幼少期を過ごす。小学生から俄然、スキーにはまるなど活発な少年だった。
中学から高校、大学までそのスキーに熱中。大学2年生のときにはプロスキーヤーの資格を取得し、講師ができるまでになっていた。
大学3年、スキーを通して知り合ったいまの奥様との間に、長女が生まれる。
スキーばかりに明け暮れていた青年に、にわかに次のステージが姿を現しはじめたのはこの頃である。
大学卒業後、アパレル副資材を扱うTENTACに入社。評価され、深い感謝をしながらも8カ月で退職。家族でカナダに渡る。
カキ氷の店を開いた。夏までは良かったが冬に失速。生活も急に苦しくなる。「娘に毎日99セントのピザしか食べさせられないほど苦しかった」と振り返る。
ただこのときのひもじさが、それからの糧に。飲食を志したのも「食べるには困らないだろう」という発想から。・・・・・。
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