最終回 『器が大きい人に人望が集る』 ㈱商売科学研究所 所長 伊吹卓
■人を変えようとするより自分を変えよ
私が親しくしている会社のFさんから「訪問してもよいか」という問い合わせの電話がありました。「いいです」といったら「すぐ行きます」ということでした。
それからしばらくして、その会社の社長から電話がありました。「私はFさんに『考え方を変えなさい』といいました。そのため、伊吹さんの所へ行ってきなさいといってあります。よろしく頼みます」ということでした。私は安うけ合いをしましたが「考え方を変えなさい」という言葉に引っかかりました。私は、名社長といわれる人々の研究をしていますが、そういう人々は「人を変えようと思っても変えられないものだ。自分を変える方が簡単だ」といっているものです。そういう実例をいくつも知っています。
私自身の失敗体験においても、同じことでした。「自分は正しい。人が悪い」と思っているうちは、すべてがうまくいきませんでした。(うまくいかないのは、私が考え違いをしているのでは
ないか?)と気づいて反省していると不思議に、どんなこともうまくいくようになったものです。Fさんが私の事務所についたとき「何があったのですか」とたずねました。そうしたら、せきを切ったように、いろいろないきさつを話してくれました。そこで私は、いいました。「ありがとう。よくわかりました。でも安心してください。今、聞いた話は、ぜんぶ忘れましたから。社長に会ったとき、あなたから聞いた話は、いっさいいいません」数日たってから、その社長がやってきました。「どうだったですか」と聞かれたのですが、私はそれには答えないで別の会社の部長が部下を連れてきて、私の目の前で部下の批判をした実例を話しました。そうしたら、その社長は「私のことをいわれているような気がします」というのです。私は、なぐさめるようにいいました。「お互い、こういうことをやるものです。私も若いころは、そうでした。前にも、ある社長の話をしたことがあるでしょう。『社員の悪口をいうのは自分の悪口をいっているのと同じことだ。そのことにやっと気づいたときには、頭の髪がまっ白になっていた』ということを。だれでも、そんなものです」「いやぁ。頭ではわかっていたつもりですが、だめだったんですねぇ。恥ずかしいです」と頭をかいていました。ハッピーエンドになることでしょう。
■思いこみがあると行きづまる
私たちはだれでも、「自分の考えが正しい」と思いやすいものです。そういうことを「思いこみ」とか「先入観」といいます。思いこみ、先入観があると、行きづまってしまうものです。思いこみというものは、ささいなきっかけでできるものです。私は学生時代に主任教授のT先生から「私は議論をして負けたことがありません」という話を聞いたことがあります。T先生は私が好きな先生でしたし、私は幼稚でもあったので、その言葉を正しいと思いこみ、私の理想像にしてしまいました。
そのため議論をしたとき勝つことはよいことだと、思いこんでいたのです。そのことが大きな間違いだと気づいたのは四十七歳のときでした。私の周りは敵ばかりになっていました。今思い出すと恥ずかしい限りです。だから、名社長の研究をしていると私の生きざまとまったく違う実例に出会って感動することがよくありました。
アパレル・メーカーである㈱ワールドの畑崎社長(前)も、その一人です。畑崎さんはいっています。「私も初めて社長になったときは、若げのいたりで、社員の欠点を直してやろうと思ったものです。社員は私のいうことをよく聞いて欠点を直そうと努力してくれました。しかし、いざというときになると、その欠点が出てきてしまうのです。そういうことをくり返しているうちに『社員の欠点を直そう』とするのはムダなことだと気づくようになりました。欠点は、なかなか直らないのです。
そこで、その欠点をカバーし合うよう社員を組み合わすことを考えました」「欠点を責めないで、長所を使え」とは、このような体験の中から生まれた知恵なのだと思います。ところが「君たちの長所を探そうと思ってはいるが、一つも長所が見つからなんではないか」とぼやく社長がいます。そういう社長に出会ったことがあります。私は彼に「あなたが悪い」と直言しました。そうしたら怒ってしまって、一言もいわずに帰って行きました。でもいつか、私がいったことの意味に気づいてくださるだろうと思っています。
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人の長所を見つければ見つけるほど、波長の合う人がふえ、好きな人がふえ、尊敬できる人がふえていきます。こういう人のことを「器が大きい」というのです。
しかし、体験のない人にはこの話を、空想的な話としか思わないかも知れません。
そう思いやすいものだと思いますが、商売上手の二大秘訣(苦情法・着眼法)を実行していくと、人間の器量は自然に大きくなるのです。二大秘訣は単純なことですが、それを実行しつづていると偉大な効果がつぎつぎと生まれてくるのです。
■うまくいかないときは自分が悪いと考えてみよ
私たちはだれでも「私の考えていることは正しいのだ」と思いこんでいるものです。人間は自己中心にできているし、思いこみやすいからです。ことがうまくいっているうちは、それでもよいのですが、ことがうまくいかないときには(私が何かを間違えているからではないのか?)と考えてみることが大切です。これは、いわば「逆転の発想」。逆さまに考えてみることです。
私がコンサルタントの仕事を始めた最初のころは、なかなかうまくいきませんでした。それはお得意先の社長が、自分の好みでしか考えていないからです。それでいつも私は衝突してしまい、「売れる商品開発」をスローガンにしているのに成功例をつくれずに行きづまっていました。私の話を信じている友人が待ちくたびれて「いつになったら成功するのか」と聞くのですが、私はいつも「つぎは成功する」といっていました。そのようなことをくり返しているうちに十年がたってしまいました。さすがの私も(なぜだろう?)と疑うところまでは来ていましたが、そこで行きどまりになっていました。
あと一押しのところで気づくチャンスを与えてくれたのが、K食品㈱のK社長でした。その会社は、私のコンサルティングが成功してヒットした唯一の会社でした。
それは、ある企画を企画課の人たちの前で説明して社長室へもどったときでした。
「伊吹さん。うちのような中小企業で今日の話のように難しいことをいっていてはいけませんよ」K社長の顔は、おだやかでした。しかし、私は電気ショックを受けたかのように驚きました。十年間悩んでいたなぞが解けた瞬間でした。そして、これが一つの原体験になって、何かに行きづまると(自分が悪いのではないか?)と自分を疑ってみる癖がつきました。
そういう体験から思うのですが「逆転の発想」は、なかなかできないものです。
「私が悪いのだ」とは、なかなか気づけないものです。それは「人間の宿命」とでもいいたいくらい難しいことです。しかし、一度気づくと大きな可能性が拓けてきます。そして、雪が太陽に当たってとけるように難問が解けるようになります。そういうことを何回もくり返しているうち、私は子供のころに流行していた狂歌を口ずさむようになりました。「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、すべて私が悪いのよ」
うまくいかないことがあったら、自分を疑ってみることです。そういうことができるようになると、急に人生はうまくいくようになるのです。
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