第八回 『嫌われたら商売は、おしまいだ』 ㈱商売科学研究所 所長 伊吹卓
■売りこめばすぐ嫌われる
「嫌われたらセールスはおしまい」なのですが、嫌われる最大の原因は「売りこむこと」です。ベテランのセールスマンにいわせると「セールスマンが売りたがっているのは当たりまえで、そんなこといわないでもよい」のです。それなのに、慣れない人や売れない人は、お客様と親しくなってもいないのに売りこみをしてしまいます。
そこで客は断わります。断わると嫌なもので二度と顔を見たくないという気持ちになります。セールスマンも、二度と訪問できない気持ちになります。
私が親しくしている五味久樹さんはトップ・セールスマンの一人ですが、ある出版社のセールスになったとき、三カ月は売ろうとしませんでした。私のところへよく遊びに来て、あっけらかんと「まだ、売上げはゼロや」といっていたものです。
「東京の本社から、何をやっているのやと、うるさいことですわ」といいながらも馬耳東風で聞き流し、売ろうとはしませんでした。そのかわり根気よく書店に通って、チャンスを見つけてバイヤーを喫茶店に誘ったり、食事に誘ったりしていました。
要するに、人間関係を育てていたのです。
どんなものでも種をまいて芽が出て、肥しをやって育てたあとでないと収穫はできません。それと同じことが、セールスにもいえます。違いは、畠ではなく、心の中に種まきをするということなのです。五味さんは、半年ほど根気よくそいういうことをやっていました。本社の方では成果が少しも上がらないので、うるさいくらい文句をいってきました。私の所へよく来たのは、今から思うとそのストレスの解消のためだったと思います。
五味さんの話は面白いのです。奈良県で書店を経営していたときには、奈良県の書店で売上げが二位だったという人ですから、普通の人とはちょっと違います。カンがよくて、面白い話がポンポンと出てくるのです。そういう人と半年もつき合っていると、たいていのバイヤーは好きになってしまうでしょう。案の定、半年もしたら急に売上げが上がってきました。そして「こんなもんですわ」と涼しい顔をしていました。
この五味さんのことを思うと、セールスのイロハがわかっていない人が多いことに気づきます。人間としての魅力がなくて、ただ売りたがっているのです。それでは嫌われるだけ。だから売れないのです。
■笑いは魔力を持っている
原一平という伝説的なセールスマンがいました。明治生命で役員待遇にまでなった人です。彼が書いた本の裏表紙には、元首相の福田さんが、すいせん文を書いていました。「セールスの神様」といわれた原一平さんですが、若いころは、セールスが下手でした。あるお寺へセールスに行ったときのことです。「まあ、上がりなさい」といわれて喜んで上がりこみ、生命保険の話をしました。話がひととおり終わったとき、住職がポツンといいました。「だめだなぁ。魅力がない。それでは売れないでしょう」原さんは、びっくりしてしまいました。立場が一変してしまいました。「どうしたら魅力のある人になれますか」「そうやなぁ。あなたにも親しい人がいろいろいますやろ。そういう人に集まってもらって批判してもらったらどうですか」原さんのすごい
ところは、その忠告をすぐ実行してしまったことです。親しい人たちに頼んで集まってもらい「原一平を批判する会」を開き、自分のどこに欠点があるかを、とことん聞きました。そういうことを数年やったあと、つぎには信用調査会社に頼んで、原一平さんの悪口を集めたのです。そのように努力しているうちに「表情」ということの重要さに気づきました。つまり、表情によって魅力が決まってしまうということに気づいたのです。
表情とは「感情によって変る顔つき」(『広辞林』三省堂)のことです。表情は、
心の中に思うこと、喜怒哀楽の感情によって微妙に変ります。そういうことに興味を持って観察していると、人の心をいくらでもつかむことができるようになります。
顔は、心の中を映す鏡だからです。
原一平さんは、表情を研究するようになりました。そして笑顔に興味を持ちました。
笑顔と一口にいっても、いろいろな笑顔があります。そのことに興味を持って「晴れ晴れとする高笑い」「嬉し泣き笑い」「相手を安心させる笑い」というように笑顔のスタイルを書きとめていくうちに三十七種にまでなってしまいました。『新・心を動かすセールス』(原一平 日本経済通信社)という本には「笑顔をつくる法」という一章がつくられており、四十ページにわたって笑顔のことが説いてあります。その中に「笑いは魔力を持っている」という言葉があります。笑顔はまさに魔力といいたいほどの影響力をもっているのです。
原さんは、笑顔の不思議な力に気づき、鏡を見て、自分の笑顔の研究をしたといい
ます。その笑顔の魅力が、原さんを「セールスの神様」にしたのです。ここにカリスマ・セールスの秘密が見えていると思うのです。
■笑顔は福を呼び暗い顔は不幸を呼ぶ
人間は自己中心ですから、自分は尊敬されることは大好きなのに、人に軽べつされることは大嫌いなのです。ところで、人を尊敬すると、やさしい気持ちになり、甘く、のんびり、明るく、おおらかな感じになるものです。それに対して、人を軽べつすると、きつい気持ちになり、きびしく、いらいらし、暗い感じになるものです。私は、そういうイメージを連想して言葉の輪をつくって並べてみました。二つの輪を見比べると、尊敬したときのイメージの輪は、いかにも楽しく「人に好かれる」という感じがしました。それに対して、軽べつしたときのイメージは、いかにも暗く、「人に嫌われる」という感じがしました。
残念ながら、自分の暗い顔には気がつきにくいものです。怒っているときには鏡を見たことがないことを思うと、自分の嫌な顔に気づきにくいことがわかるでしょう。
前にも書いたように人間は、嫌なことに数万倍敏感なのです。そのことを思うと、暗い笑顔を人に見せるということが、どれほど罪深いことかわかるでしょう。
明るい笑顔を忘れないことです。そのようにすることが大きなサービスになります。それはささいな努力でできますが、人には大きく喜ばれ、幸運の女神がやってくるのです。「笑う門には福、来たる」のことわざは本当なのです。
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